今日は何を歌う

日記のようなもの。

父とか身の回りの話

 

樹木希林さん、さくらももこさん、、、

知らぬ間に、たくさんの方々が亡くなられてしまいましたね。

 

私の周りでも、大叔父が亡くなりました。

手術後に容体が急変し、結局会うことのないまま旅立っていってしまいました。

私はほとんど話したことはなかったのであまり泣きませんでした。良くしてもらっていた妹が、対面を拒むほど泣いていたのが印象的でした。

こんなことでスーツデビューしたくなかったよ。

極楽浄土を祈っておきます。

 

 

夏がもう終わるというタイミング、身体の緊張がゆるんでしまうのかもしれません。

皆さんはお元気でしょうか。私はそれなりに生きて、それなりに寝込んでいます。

 

そんななか、秋を連れてきたのかと思いきや、季節感をすべて流してしまうような台風に遭ったりもしました。

関空の連絡橋とか、瓦が飛んでくところとか、いろんな映像が出回ってましたね。私個人としては渦中にいたので、友達の家が停電とか、近くの店の看板がひしゃげてるとか、普通に身近な災害でした。救援とかに行く体力はなかったです。できることも多分少ないので。

ていうか、低気圧で倒れてました。体調不良でしたね。

 

 

体調不良というと、この夏は基本そんな感じでしたね。夏期講習とか普通に無理でした。

自室にクーラーをつけてもらうまで、精神的にもきついところが多かったので、まあ過ぎたことはこれを書き終えたら振り返らずに行こうかなと思ってます。

 

 

 

 

そんで主題の父の話なんですが。

先日結構ガチめに戦いました。

電話越し。泣きながら。夜に。

向こうに戦う気はなかったはずで、こっちがミスって口論になった、というか意見の押し付け合いみたいなことになりまして。

そんでいつのまにか、父が怖い理由を懇切丁寧に説明していました。

二年前くらいから、このブログを通して知ったり、各所で学んだりして掴んだ自分の考えを、当の本人に言ってやりました。

必死すぎたのと、泣きながらだったのとで、会話を終えるころには酸欠で全身硬直してました。初体験でしたね。

面と向かうと話せないので、電話越しに話し切ってしまったのですが、我ながら快挙だなと思っています。

 

ちなみに影響はもう出ているようで。母や妹から、お父さんが優しくなった~~、と言われるので、勝手にしたり顔になっています。

悪い人ではないし、尊敬することも多いけど、それとこれとは違うのだと、理解してくれてよかったです。

ちょっと株が上がりました。

 

 

まあそんな父と合わせる顔がなくて、私今全力で避けてるんですけど(笑)

 

 

 

 

 

近況報告としてはこんな感じですかね。

初めてPCの方から投稿してみるんで、どうなるか楽しみです。

 

 

 

 

P.S. 今日の歌 星野源「くだらないの中に」

 

P.S.2 この頃二次創作をし始めたからか、文章を書く時間と気力をそっちに回しちゃって、ここで書けてないのかもしれないです。またしばらく空いたらすいません。Twitterとかで生存報告してるとは思います。

 

P.S.3 おげんさんの感想は、書けるときに……。

 

 

読んでくださる方々、ありがとうございます、またね。

 

オーシャンズ8を観た話

 

お久しぶりです。

読んでくださってる方に体調聞くのもなんなので。

 

 

私、それなりに元気です。というか映画観て元気出ました。

 

 

今帰りの電車で、感想早く書かなきゃ忘れる!という意志のもと、必死でフリック入力しています。

なのでこれ以降はネタバレ注意です。最大のネタバレはまた注意喚起しますけど。いいよって人だけ見てくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーシャンズ8マジやばくないですか?

いや、何がやばいって言うとまずストーリーが、ワーナーブラザーズこんなの映画にするのかってくらい痛快な悪人の話ですよね。

デビー・オーシャン(サンドラ・ブロック)、最初に彼女のとんでもない凄さが見せつけられる。パネェと思いながらもその美貌に平伏す。

いや演技が本当に良くて、普通に本人だと思っちゃうんだよね。ハリウッドすごい。

 

そこからルー(ケイト・ブランシェット)の所へ行き、仲間を集めにかかるわけなんすけど。

いや〜ルー、カッコよすぎる。なんだあのオーラ。目の前にしたらひれ伏しそうな自信に満ちた佇まい。

そんで仲間になる女性達も半端ない美しさ、自信を兼ね備えてて。まあハリウッドだし、と思ったりもしますけども。

特に私の大好きなヘレナ・ボナム・カーターがローズという売れないデザイナー役で出てきた時はめちゃくちゃ嬉しかった。何の予備知識もなしに見たので、嬉しくて演技上手くて惹き込まれて虜になってました。

あと唯一アジア系の顔立ちであるオークワフィナ(今調べたらラッパーらしくてビビってる)が、とんでもないスリ師の役で活躍してて最高でした。いや、悪人なんだけど正直「うわっ最強の仲間やん」と思いましたね。

その他にもまあ、とんでもないメンツが揃うわけなんですよね。全員美人顔っていうと語弊があるんだけど、なんかこう見てるうちに魅せられちゃうような雰囲気を醸し出してて、画面が凄く良い。

 

(以降物語終盤のネタバレ注意)

 

 

そんな彼女達がね、ま〜あ色々あって盗んでさ。

 

まさかあんなに、ねぇ?

 

正直、あんまりハラハラすることは無かったし、レディ達だけで眼福だったし満足してたんだけど。

最後にあんなにも、てか1人3830万ドルも取り分作るって、ねぇ?

諸手を挙げて叫びたかったけど、流石に人権は失いたくなかったので諦めましたよ。

いや〜、あの冷蔵庫?開ける瞬間、最高!!!!!!って言いかけるくらい最高でした。

 

 

 

 

結論。オーシャンズ8見たおかげで、メンバーみたいに自信に充ちた女になりたいって思えたので、最高でした。これ11とかあるらしいので、時間作って観ようと思います。

 

 

 

 

ここまで読んでて観てない人は少ないかと思いますが。

 

観てね!!!!パネェから!!

 

 

 

今日の歌  雅マモル『恋はホップステップジャンプ』

『おげんさんといっしょ』で出てきた曲です。大好きな番組を見た話もまたしますね。

赤の話

 

赤い色が好きで、赤い服を何着か持っている。

今日も着ているけれど、やっぱり好きな色を身につけると元気になる。

母や友だちにも似合っていると言ってもらえて、服で唯一自信を持てるのは赤だったりする。

そんな赤だが、非常に派手で強い色でもある。

私が好きなのは彩度が若干低いものなので、それほど目立ちはしないが、それでも電車の中では文字どおり紅一点になるし、それなりに目をひく。

また、赤を血の色と見る人もいる。私はアレルギーで傷だらけなので、血の色におぞましさは感じないが、そう思う人もいる。

 

 

強い言葉は赤と似ている。

パワーを秘めていて、影響力があって、目立つ。

けれど当然、それに悪いイメージを持っている人もいるのだ。

 

私は最近強い言葉が苦手で、パワフルな発言や、格言といった類のものを素直に受け止められなくなってしまった。

まだ思春期が続いているのかと思うほど、分かってるよ、でも出来ないんだ!!!と叫び出したくなるからだ。

恐らく受験の不安と、家族の問題が原因だが、こればかりはすぐには治せないからと諦めて、苦手からは距離を置いている。

しかしいくら距離をとっても、周囲の発言からは逃げられない。言葉が、目や耳を通してどうしても入ってくるのだ。

 

赤い服と似ている。

 

言葉が遠くまで届くようになった今、自分がどれだけ逃げても何かしらが追いつくことはある。

目についた広告の宣伝文句。新聞やニュースの見出し。デパートのアナウンス。ラジオ番組のトーク

雑踏の中の赤い服のように、どうしても視界や耳に入る。

どれだけ自衛しても、どこかしらからやってくる。

 

だから、強い心を持つのが一番良いのだけど、そこに辿り着くのはまだまだ先なので。

 

これからも逃げて、たまに戦う。それしかないのだろう。

 

 

割合の話

 

今日も今日とて家にいる私です。こんにちは。

 

家にいちゃダメだな〜出たくないな〜などと甘ったれながら、体を動かせません。分かっちゃいるけど動けないのは、怠惰でしょうね。

 

 

さて、そんな思考の中で、割合って重要ではないか、という当たり前のことに思い当たりました。

 

私の場合、これは主に環境の意味。というのも最近家にばかりいるせいで、私の世界が狭まっています。家の問題が解決しないと、外に出られないような錯覚に陥っているほど。

 

人は目の前にある問題しか解決出来ないとはよく言われる話です。目の前のことに全力をかけるしか、人間にはできない。

あたりまえですけど気づき難いことですね。

 

で、そんな目の前が狭まれば、ひとつの問題の割合がぐんぐん上がってしまう。視界を覆ってしまうことが有り得るわけで。

もし解決策が見当たらないと、お先真っ暗に思える。

 

だからこそ、問題の割合を下げなくちゃ、立ち上がれない。

外に出ないことには、問題を多角的に見ることも、その余裕を得ることも、できない。

 

 

 

 

今、私が抱えている家族の問題は、すぐに解決出来るものではないし、時間が1番の効果をもつのが目に見えています。

けれど正直、家の居心地が悪いのが嫌で、当事者でもない私が躍起になって解決しようとしていました。

これってとても傲慢かもしれない。手出しなんてできない。ただの野次馬が騒ぎ立ててるのと同じ。

そんな風に考えるようになりました。

 

 

予備校には予備校での問題があるんですけどね。

 

 

 

 

とりあえず、いっちょ外に出かけようと思います。

6月の話

 

約1ヶ月ほど、文章をかけていませんでした。お久しぶりです。

書きたいことは山のようにあったけれど、私の気力がもたず。

7月に入り、やっと安定してきたので、6月の記憶と、自分の気づきを綴ろうと思います。

 

 

予備校はあまり快適な空間と言えず、5月に引き続いて、休んでしまう日も多かったです。

朝のラッシュ時の満員電車がキツいな、とやっと気づき、担任に遅刻することを伝えられたことで、中旬からいくらか通いやすくなりました。

体力がとても落ちていたので、往復だけで底をつくこともあり(最寄りから予備校まで距離がある)、行って帰るだけになってしまうこともありました。

近所の本屋でマンガを買ったり友達と会ったりすることで、どうにかこうにか気力を回復させつつ、今月を頑張れてよかった。

今週は火曜から金曜まで、遅刻や教室に入れない日はあったけれど、きちんと毎日通えて本当に嬉しかったです。

 

 

先週は父が帰っていて、色々と衝突したせいで疲弊していましたが。

 

 

 

父を前にまたひとつ、気づきがありました。

 

それは、私の自己嫌悪の原因は、父であるということ。

正確には「父が私に植え付けた、1位をとれ、という呪い」とでも言いましょうか。

 

 

父は、様々な困難を乗り越えてきて、そのせいで思う存分に好きなことをやりきれなかったそうです。母から聞きました。

その悔しさでしょうか、私を育てる時に「なんでも1位を目指せ、100点なら絶対に1位なんだ」と常々言っていました。

 

でも私は褒めてほしかった。

 

テストでクラス3位でも、成績表が良くても、ゲームで強くなっても、難しい漢字が読めても、1度も、褒められた記憶はありません。母が褒めてくれたから、余計に父に褒められないのが際立ったのでしょうか。

 

もっとできる。お前ならやれる。

 

そんな無責任な応援だけが、私にかけられた言葉でした。

 

親の評価は、幼い子供には絶対で、だからこそ褒められないのが悲しくて、頑張りに頑張った私は、それでも褒められずに、ここに生きています。

こじらせた承認欲求のおかげで、逆に人に見られることが怖くて、気持ち悪がられないかだけを気にする、よく分からない奴になりましたけど。

 

私の生活の金銭面全てを支えてくれる父には感謝していますし、別に父を恨む気はありません。

 

 

ただ、私がそういう風になったのは、これが原因なのだと、そう気づいて少し、安堵したんです。

 

 

私は、自己嫌悪する己にすら嫌悪していて、自分を大切にすることが出来ずにいました。

アトピー(最近判明した)とアレルギーのせいで化粧も出来ず、好きなものも食べられない人生に、この数ヶ月絶望したりもしていました。

それでも、支えてくれる母や友人のために、死んではいけないし恩を返したくて、沢山の文章に支えられながら、己と向き合うことを知り、実践してきたんです。

 

 

それで、やっと、大嫌いな自分が、自分の作ったものじゃなかったのを知れた。

 

自分の性格に、自己嫌悪してしまう己に、折り合いをつけられた。

 

責任転嫁と言われても、それでもいい。

私が私を嫌いにならなくていいと、そう思えるなら。

自分を褒めることを、無理なくできるようになるなら。

 

気づけてよかった。別に私がこんな風に生きずにはいられなかったのは、私に責任があるわけじゃないんだ。

 

 

私にあったのは、そんな、安堵でした。

 

 

 

 

 

 

 

これから、暑いせいで、自分の肌とアレルギー反応を呪う日々が続きますが、自分を愛せるようになっていきたいと思います。

 

また書きます。読んでくれた方、ありがとうございました。

 

 

 

 

P.S.この文章書きながら泣きました。文字にすると色々と感慨深いですね。

 

 

P.S.2 今日の歌 宇多田ヒカル二時間だけのバカンス

曖昧な話

 

最近、曖昧って良いことなのでは?と思い始めました。

 

日本は明治維新以降、西洋文化に憧れて、欧米化がめちゃくちゃ進行した国です。

そこには謎の「英語かっこいい」思想のような、憧れゆえの同一化があったのでしょう。

その頃、日本に「断定って素晴らしい」みたいな風潮がやってきた。

いわゆるイエスノー文化ってやつです。

 

で、それが現在蔓延してる気がしています。

何も「断定は悪い文化である」と決めつけ(それこそ断定し)たい訳ではありません。

 

ただ、そこに息苦しさを感じる。

 

例えば、「性別」という概念。

メディアに取り上げられることで、LGBTが有名になった現在、結局のところ異性愛者なのか同性愛者なのか両性愛者なのか、と結論を迫る場面をテレビ等で目にします。

こういう時に、私にも当てはまるなー、私ってレズなのかバイなのか分かんないなーとモヤモヤしがちなんです。

でも気づきました。

そもそもLGBTではなくて、LGBT“Q”のはずだと。

各種メディアでもLGBTQのQまでは取り上げられていない気がしますが、この最後が重要。

なぜならこのQ、クエスチョン、すなわち「よくわかんない」なのです。

めちゃくちゃ曖昧ですが、とても画期的。

苦しまなくていい。そういうの気にしなくていいよ、と言われているかのような曖昧な分類。

 

これに救われる人って少なくないはずなのに、LGBTで止まっちゃうのは、人が安心を求めてるからではないでしょうか。

 

 

 

断定すると人は安心を覚えます。

なぜなら「正体を知る」ことができるからです。

例えば「ぶつかり男」問題。

Twitterで話題になり、警察も動き出したそうですが、名称がつくことによって一気に事態が好転しました。

この様に、人は「名付けること」で正確に物事を把握し考えられるようになります。

つまりは具体化です。

それゆえ、よく分からないものは、輪郭を取れず、恐怖する。(ある意味、オバケが怖いのもこれに類する気がします。)

だからとりあえず、お前は一体何者なんだ、なんてセリフが出てくるわけです。(例:ロケット団など)

 

 

そんなふうに不安を解消できる「断定」ですから、不安を煽る広告に溢れた現代で、流行するのも当たり前かもしれません。そして、曖昧さが失われていくのもまた道理なのかも。

 

けれど、曖昧であることは悪いことではないはずです。 

よく分からないけど好き、とか、嫌いなところもあるけど大嫌いではなくむしろ好ましい、とか、人と人との関係性ではよくある話でしょう。

ファンというほどコンサートには行かないけどテレビに映ってたら見る、とか、文章は好きだけど作者は苦手、とかもあるかもしれません。

好きなのか嫌いなのか、やりたいかやりたくないか、ハッキリしろと言われても出来なくて、どっちでもいいなんてザラです。

むしろ完全に判別できる人の方がやばい。

加えて、諸行無常を忘れてもいけません。つまり、人の心はうつろうし、数年で考え方が変わることだってある。

人には常に揺らぎがあって、けれどそれは人の可能性でもある。

 

だから、曖昧って良いことだと思います。

 

 

ただもちろん、はっきりすべきこともあります。

だから、そこをきちんと判断していけるようになれたら、ハッピーになれると思うので、これからまた考えていきたいです。

 

 

 

P.S.今日のうた「ジョバイロポルノグラフィティ

 

 

 

 

 

 

 

GWの話

 

お久しぶりです、こんにちは。

もう5月も半ばというのにGWの話をします。

なぜって色々あったのでね。

日記に近いですし。

 

 

今年の私にGWという長期休暇は存在しませんでした。

ご存知の通り、浪人生でございますから、日夜勉強しなくちゃいけませんのでね。

でも、世間様はそうではない訳でして、他県に進学した友達なぞはこのタイミングで帰省なさる。

すると、その子を中心に集まるわけですね。

 

 

で、何をとち狂ったか、私はそういう場に3度も参加しました。5日間のあいだに。

あの時の私は多分、アドレナリンで生きていけてたと、今になって思います。

 

もちろん、その場はとても楽しかったです。久々に会う面々ばかりでしたから、積もる話なんてのはありまくりで。馬鹿みたいに騒ぎましたけど、その中で浪人生は私だけでしたね。みんなああいう日々を送ってるんだ、私もそっち側に行きたいな〜と、ぼんやり思ってました。

 

そんなこんなで楽しく過ごしていたんですが。

 

GW明けて7日月曜、異変は起こりました。

 

起きられないんです、全く。

 

前日、生理初日のくせに遊んだりして苦しかったので、休まないと持たないか、そーか仕方ないわ、などと思って月曜は過ぎたんですが。

 

火曜も全く動けない。

 

いやちょっと待ってくれよ、と思いつつ動く気力もないもんですから何も出来ず。

唯一、お手紙の返事をもらったのを支えに、頑張らなきゃと発起したのが水曜の夜。

そして、木曜になってやっと、プリントの提出だけでもしようと、お昼頃から予備校に行きまして、担任にわけを話しつつ、ちょっと無理したっぽくて〜と言いながら用が終わったら即帰宅しました。

予備校という場が無理すぎた。

ここまで来ると予想通りでしょう、金曜は全く動けませんでした。

 

つまり、1週間を棒に振りました。

 

いや〜この事実がメンタルに刺さります。何とかしていけたらよかったですけど、行くという選択肢が無い1週間でしたから、どうしようもなかった、はずです。

 

でも今になると、私が自分のことなんもわかってないことを痛感します。

まだ高2の頃と同じ体力があると思ってる。

 

高3の1年間、体育以外で運動することもなく、机に向かわなくちゃいけなかった人間が、翌年すぐに元気になるはずないのです。

何ならもともと軟弱なのに。蕁麻疹が出始めたら相当やばいのを、いけるでしょ、と強引に押し進めたし。

 

突如病に倒れる中年みたいですけど、自分の体は自分が1番わからないのを理解しました。

 

あと、自分が「他人の多いところでは状態異常をくらう」のも。

予備校がしんどいんですよ。それで理由を考えてたら、単純に人混みがしんどいのが分かって。

しかも予備校って勉強するところだし、私が友達作り下手なのも手伝って、同じクラスに喋る人がいない。めっちゃ孤独なんですね。

そんでもって教室内の人と人の間隔が狭いもんですから、たまったもんじゃなかったわけです。こんなになるまで気づけなかったんですけどね。

 

これを担任に話して、席替えで最後列の一人席に飛ばしてもらえたので、ギリギリ生きています。

まあ今週もあんまり行けてないんですけど。

 

自分の気力の八割くらいを使って日々を過ごせるようになりたいです。余裕を持ちたいなー。

 

 

 

 P.S.今日の歌は、アニメのOPです。とりあえずめちゃくちゃ可愛いから見てほしい。漫画もWeb上で読めるので、良ければ検索してください。

https://youtu.be/XjHqfhOcK_0